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 柳瀬川を歩く(2) 柳瀬川春の風景へ 柳瀬川・清瀬橋付近の変化へ 柳瀬川の風景2006年6月〜9月

柳瀬川 荒川水系一級河川 埼玉県・東京都管理
 流域関係市町村:所沢市・東村山市・清瀬市・新座市・志木市

〔接続河川・水路〕

新河岸川
(一級河川 埼玉県・東京都管理)

こどもの川
 (普通河川 三芳町管理) 中野川(普通河川 新座市管理) 

東川
(一級河川 埼玉県管理) 空堀川(一級河川 東京都管理) 北川
 (準用河川 東村山市管理) 

大谷川 (普通河川 所沢市管理) 堺川 (普通河川 所沢市管理) 六ッ家川・下北野雨水1号2号幹線 (所沢市管理)

耕地川(普通河川 所沢市管理) 長峰川(普通河川 所沢市管理)


 柳瀬川は狭山湖から始まる荒川水系の一級河川である。 数々の支流と合流しながら川幅が広がり、新河岸川へ合流する19.6kmの河川である。 

※柳瀬川〔清瀬橋〕付近の流路付け替え工事が完了し、景色が変わりました。 その模様を柳瀬川・清瀬橋付近の変化で紹介しております。

柳瀬川の由来

 
この河に梁を仕掛けて川魚を捕ったことによる川名。(『日本全河川ルーツ大辞典』竹書房刊より)

もっと詳しく柳瀬川とは?

 
狭山丘陵内の狭山湖に源を発して東に流れ、同じく狭山丘陵内で現多摩湖(東京都東大和市)から発する注)宅部川(やけべがわ)を久米付近で合流。 所沢市南境の東京都東村山市・清瀬市との境を北東流し、坂之下付近狭山丘陵北から発した東川などを合して新座市・志木市へと北東流し、志木市中央部で新河岸川に入る。 「風土記稿」には水元は勝楽寺村(しょうらくじむら)縄竹(なわたけ)内にあり、入間郡と多摩郡・新座(にいくら)郡との境を流れると記され、また当川沿いの14ヵ村は柳瀬庄を称するとある。 狭山丘陵の東、久米村および多摩郡久米川村(現東村山市)付近では久米川ともよばれた。 流域の所沢台地南辺には旧石器時代から集落が形成され、和田遺跡・西上遺跡などのほか、縄文時代の遺跡では畦の前(あぜのまえ)遺跡・はけ下遺跡・和田遺跡など、弥生時代の遺跡では東の上遺跡がある。 中世には鎌倉街道上道が渡河する地点近くに久目河(くめがわ)宿(現東村山市)が形成され(文永8年10月22日「日蓮書状」日蓮聖人遺文)、応永24年(1417)1月の上杉禅秀の乱の際には久米河に鎌倉公方足利持氏方の陣が置かれた(同年正月日「豊島範泰軍忠状」豊島宮城文書など)。
 雨期には洪水に見舞われることが多く、近世後期から明治にかけて堤防の決壊による被害が多発している。城村では享保13年(1728)水腐れによる年貢の破免がみられるほか(「年貢割付状」長倉家文書)、宝暦2年(1753)には三十間の破堤、同11年には百八十間が破堤して八反余の水損地を生じ、文化5年(1808)・文政7年(1824)にも同程度の規模の破堤による被害があり、小規模のものを含めれば枚挙にいとまがない。 坂下村(さかのしたむら)では宝暦2年に三十間の破堤、文政7年・弘化2年(1845)には八十間が破堤し、五−八反の水損地を生じている。両村は幕府の定式御普請場とされ、築堤や普請が行われた(明治19年「柳瀬川沿革調」埼玉県行政文書)。慶応4年(1868)には上流の町谷村で満水による田畑三町余に及ぶ被害があった(「願書」岩崎家文書)。 城・坂下両村では明治11年(1878)・同18年にも破堤があり水損地が生じている(柳瀬川沿革調)。所沢町では同14年に同11年の洪水の際に流された橋梁の架替えを県に請願している(「請願書」埼玉県行政文書)。 現在所沢市南半部の排水路として利用されているが、同市・新座市・志木市とも流域の開発が進み、水害の危険性が再び問題化している。(『日本歴史地名体系11 埼玉県の地名』平凡社刊より)

注)宅部川は北川を指すと思われます


            
                柳瀬川と桜(清瀬・台田団地前)2005.4
                地図はこちら
            
             ※西武池袋線清瀬駅北口から西武バス【清64】台田団地行きで
              「団地保育園」バス停下車。

            
             雪と柳瀬川(所沢・新柳瀬橋より上流側)2005.3
             地図はこちら

           
             ※西武池袋線清瀬駅北口から西武バス【清66】所沢駅東口行きで
             「西武グリーンヒル」バス停下車。または西武新宿線航空公園駅か
             JR武蔵野線東所沢駅よりところバス「番匠塚」バス停下車。 

        柳瀬川を歩く@ (狭山湖⇒二柳橋

           ※番号は上流から下流へ向かって付けております。

    1.狭山湖 2.通称「狭山湖直下橋」 3.柳瀬川起点の碑     4.大鐘橋
     5.八生橋  6.八生橋付近の流れ        7.川辺橋       8.高橋
           
  別@西武球場前駅付近にある
調整池。ここが普通河川長峰川の水源で、新川橋より下流で柳瀬川へ合流する。
  
別A普通河川長峰川。(西武狭山線ガード付近)
9.新川橋から下流側     10.判立橋     11.児泉橋 12.西武狭山線橋梁
    13.桜淵橋 14.耕地川との合流付近。(写真は耕地川より)    15.神明橋     16.西ヶ谷戸橋
別C菩提樹池(ぼだいぎいけ)。ここが源流の普通河川耕地川が桜淵橋より下流で柳瀬川へ合流する。 狭山湖畔霊園近くの自然豊かなスポット。 別D普通河川耕地川。(源流近く) 別E北野周辺から流れてくる通称六ッ家川。地蔵橋より下流で柳瀬川と合流する。(写真はみかど橋付近)※補足参照 別F普通河川堺川。山王橋より上流側で柳瀬川へ合流する。
   17.地蔵橋(人道橋)     18.本村橋 19.本村橋付近の流れ 20.川島田橋(かじまたばし)
21.堺川との合流地点。(写真は堺川より)     22.山王橋    23.(無名橋)     24.樋の坪橋
      
名所 永源寺(山王橋近く) 名店 あづまや(吾妻橋
と勢揃橋の中間)
名所 長久寺(吾妻橋と勢揃橋
の中間)
    25.共開橋 26.普通河川大谷川との合流地点(写真は大谷川より)       27.吾妻橋     28.勢揃橋
別G普通河川大谷川。吾妻橋より上流側で柳瀬川へ合流する。(写真は合流地点近く) 別H松が丘調整池。(勢揃橋より南へすぐ) 別I準用河川北川。二瀬橋
で柳瀬川に合流する。(写真
は平成橋付近)
別J普通河川前川。勝陣場
橋付近で北川へ合流する。
(写真は与一橋付近)
     29.里橋 30.北川との合流。(奥が北川)     31.二瀬橋  32.西武新宿線橋梁
                
33.二瀬橋より下流側の流れ        34.二柳橋

柳瀬川を歩く(2)  ページの上へ 


補足:所沢市役所下水道部河川課によれば、六ッ家川は普通河川の区間と、正式名称「下北野雨水1号幹線」の区間 があります。  正式には、柳瀬川へ合流するのは「下北野雨水1号幹線」です。

大鐘橋、判立橋、樋の坪橋、勢揃橋、二柳橋は、橋名部分をクリックすれば地図に飛びます。(マピオンの地図では山王橋が樋の坪橋と表記されているので注意)
   
 1.狭山湖⇒西武狭山線西武球場前駅より徒歩15分

 2.大鐘橋⇒西武狭山線西武球場前駅より徒歩10分(起点の碑は大鐘橋の横にあり)

13.桜淵橋⇒西武狭山線下山口駅より徒歩5分

21.樋の坪橋⇒西武新宿線航空公園駅、または所沢駅西口より「じゅうにん坂」バス停下車徒歩3分

24.勢揃橋⇒西武池袋線・新宿線所沢駅西口より西武バス【所18】西武園行きで「勢揃橋」バス停下車

参考:東京西北部の中小河川

    所沢市役所下水道部河川課「所沢の川」